「所沢で映画の上映活動をしている人がいる」—。そんな噂を聞いたのは都内で開催されていた「映画上映のこれから」を考えるワークショップでのことだった。上映活動の名前は「パタパタシネマ!」。単館系でかかるドキュメンタリー映画を地域のカフェなどで上映しているらしい。早速、主催者の荒幡幸恵さんに連絡をとり、インタビューを申し込んだ。
−まず、「パタパタシネマ!」の活動内容について伺いたいのですが、いつ・どこで開催しているのでしょうか?
荒幡:
飯能市や所沢市のカフェなどで、2〜3ヶ月に1度のペースで開催しています。
これまでに5回開催していて、初回は2016年11月に飯能市にあるベーグル屋さん「une bagel」さんで『365日のシンプルライフ』を上映しました。2回目と3回目は所沢市のカフェ「Sai Kasumi ごはん」さん(2017年7月川越市に移転)で『シンプル・シモン』と『パパ、遺伝子組み換えってなあに?』、4回目と5回目は西武所沢店のワルツホールさんで『0円キッチン』と『わたしは、ダニエル・ブレイク』を上映しました。
−社会派の作品が多いですね。
荒幡:
みることで、自分の知らなかった事実や物語、選択肢が知れて、視野が広がるような作品を選んでいます。
ドキュメンタリー映画にあまり関心のない人にも観てもらえるように、間口を広げたくて、フィクション映画も織り交ぜてやっています。
−上映活動はおひとりでされていらっしゃるんですか?
荒幡:
基本はひとりですが、上映場所によっていろんな方にお手伝いいただいています。「パタパタシネマ!」を始める前から東久留米ドキュメンタリー映画祭に実行委員として参加しています。その仲間にもお手伝いいただいていますし、飯能市在住のギタリスト・村野岳彦さんには毎回生演奏をしてもらっています。
−参加者はどういった方々でしょうか?
荒幡:
「une bagel」さんでの第1回目は友人やその知り合いなど12〜13人ほどの上映会でした。「Sai Kasumi ごはん」さんでの開催時は友人知人に加えお店の常連さんたちが参加してくれました。別の場所でチラシを見てこられた方も。3回目の上映会では「食の安全」がテーマの映画だったので、無農薬野菜を扱うお店の方が共感して広めてくださって、そのつながりで来てくれた方もいました。年配の方もいれば若い方もいらっしゃいますね。
−講演会なども組み合わせて開催されていらっしゃると聞きました。
荒幡:
フードロスをテーマにしたドキュメンタリー映画『0円キッチン』上映時には、食品ロス専門家の井出留美さんにトークゲストとしてご登壇いただきました。また、カフェでの上映時には参加者同士の交流会も行いました。上映後に感想を聞きあうと、自分とは全く違う感想があって面白いです。人間が多様だと知ると、他人を受け入れやすくなりますし、自分の視野も広がると思います。
−「パタパタシネマ!」を立ち上げた経緯や想いについて伺えますか?
荒幡:
4年ほど前に、『聖者たちの食卓』(2012年)というドキュメンタリー映画が観たくて、渋谷のミニシアター「アップリンク渋谷」に足を運びました。その時の映画体験、作品と映画館という空間がとても気に入って、そのあともアップリンクに通うようになったんです。
アップリンクは現代社会の問題を描いたドキュメンタリー作品を多く上映している映画館で、1968年に狭山市で発生した殺人事件を冤罪被害者の物語として描いた『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』(2013年)や、ファストファッションの裏側を批判的に描いた『ザ・トゥルー・コスト ファストファッション 真の代償』(2015年)など、衝撃的な作品に出会いました。知ったことで、自分の無関心に自覚的になりましたし、自分の暮らしが世界とつながっているのだと考えさせられました。
ですが、そうした作品は都内のミニシアターで上映されていても、地元・西埼玉の人たちが接する機会はあまりない。いまは興味をもっていらっしゃらない方にも、身近な場所で観ていただく機会は作れないか。そんな想いではじめたのが「パタパタシネマ!」です。
−社会への問題意識がベースにあって始めた活動なんですね。
荒幡:
特定の考えを押し付けようとするものではありません。自分自身がそうだったのですが、よのなかの仕組みや色々な考え方を知ると自分の視野が広がるんですよね。それは自分自身の「生きやすさ」につながります。
−「生きやすさ」というと?
荒幡:
教育やメディアの刷り込みなどももしかしたらあるかもしれません。「こうしなきゃいけない」「こうすべき」みたいに、小さな枠の中の考えにとらわれて、苦しい状況を自分自身で作ってしまっている人も多いのではないかと思います。その枠を外していけば、ひとりひとりがもっと楽にその人らしく生きられるのではないかと思っています。映画には、その小さな枠から解放してくれるような知識や物語が詰まっています。観た人が自分らしく生きられるきっかけづくりに、映画はとても良いツールだと感じています。
−荒幡さんの考える理想的な社会とは?
荒幡:
ひとりひとりが自分らしくあれる社会です。
突き詰めて考えると「自分らしさ」なんて最初からはなくて、関係性の中で生まれるものかもしれませんが、その人がワクワク楽しいと感じて生きていられればいいですね。それがその人にとっても周りの人にとってもいい空気を生みます。
−荒幡さんの語りからもワクワクが伝わってきます。
荒幡:
そうですか、ありがとうございます(笑)
「パタパタシネマ!」も鑑賞後の感想のシェアも含め、映画を介して、自分を開くことができ、人と繋がれるコミュニケーションの場としてやっていきたいですね。
−「パタパタシネマ!」のゴールは?
荒幡:
ゴールはありません。あえて決めずに、「いま」やりたいことをやっています。「みんなが自分らしく生きられるように」というベースがあって、そんな社会を実現するためのツールとして選んだのが映画です。上映会を始めてから映画はさらに大好きになり、映画はずっと好きでいると思いますし関わりたいです。ただし、どうしても映画でないといけないというわけではないかもしれない。自分の気持ちは常に変わっていくし、それにフラットな状態でいたいです。
でも実は、西埼玉エリアのどこかにアップリンクみたいなミニシアターを作りたいという夢はあります。カフェや書店も併設したような!住んでいるエリアにミニシアターがあったら、第一に自分が嬉しくなります。それを実現させたいですね。
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自ら映画上映プロジェクトを立ち上げ開催を続けている荒幡さんだが、実際にお会いして話してみると、控えめな話し方でおとなしい印象を受けた。インタビューの中では触れられていないが、昔からアクティブな性格というわけではなく、30歳前後までは生きづらさを抱えていて悶々としていた時期があったそうだ。それをかえたのが映画であり、映画に救われた経験が「パタパタシネマ!」という活動につながっているのかもしれない。
「パタパタシネマ!」の次回告知などは、本ウェブサイトでも紹介していきたい。