2〜3年前の11月、所沢の航空公園(正式名称:埼玉県立所沢航空発祥記念公園)を散歩していたところ、所沢らしからぬオシャレな光景に出会った。航空発祥記念館(航空機の実機展示がある博物館)の目の前の広い芝生広場を取り囲むように布のテントが張られ、その下で雑貨や服飾などのクラフト市が開かれていた。
航空公園では運動会で使うようなテントを立てて催し物が行われることは時折ある。しかし、この日は雰囲気が明らかに違っていた。30代くらいの女性が好みそうなオーガニックなアクセサリーショップや、無添加にこだわったパンなどの食があり、木陰では淹れたてのコーヒーを片手に談笑する人々の姿があった。晩秋の午後の柔らかい光の中に浮かび上がるその光景は穏やかで、それでいて新しい出会いを期待させるワクワクがあった。
そのイベントは「暮らすトコロマーケット」といい、2015年から毎年秋に開催されている。そしてその仕掛け人が今回紹介する岡田一さんだ。
岡田さんは、なぜ、どういったコンセプトで「暮らすトコロマーケット」を始めたのだろうか。岡田さんが経営するオーダー家具店「studio caravan」(スタジオキャラバン)で話を聞いた。
−「暮らすトコロマーケット」についてお話を伺いたいのですが、どういった方々が出店するイベントでしょうか?
岡田:
陶磁器や木工、布、ガラスなどのクラフト作家さんを中心に、セレクトショップやアンティークショップ、パン屋さんコーヒー屋さん、地元の農園さんも出店しています。出店者数は100店舗ほど。関東一円を中心に、遠くは新潟や岐阜、関西からいらっしゃっている方もいますね。2015年から毎年11月に開催しています。
−そもそもどういう経緯で始まったのでしょうか?
岡田:
いくつか背景はあるのですが、日本各地で起こっているインディペンデントなマーケットカルチャーに触発されたこともひとつですね。
きっかけは1996年頃に、京都で「百万遍の手作り市」というイベントに出会ったことです。毎月15日に関西一円からクラフト作家さんたちが自分の作ったものを持ち寄って売る大規模な市で、たまたま出会った人同士が楽器でセッションを始めたり…。「百万遍の手作り市」には何とも言えない自由な雰囲気があったんですよね。その面白さにはまって、もう20年ほど機会を作っては京都に通い続けています。
当時は東京にはおそらくそのようなクラフトの市はまだ開かれていなかったと思います。僕が東京で知っていたのはフリーマーケットくらいでした。「ああいう市を地元でも…」と思ったのが最初のきっかけではありますね。
−町家カフェとか本屋さんとか、ほっこりと落ち着いていてなおかつ知的好奇心を刺激される文化って、確かに京都が発信源になっていますよね。
岡田:
ここ数年は埼玉近辺でもクラフトや暮らしをテーマとしたマーケットが次々と生まれていて、マーケットといえば、フリーマーケットしかまだない所沢が「出遅れている」という感じがしたんです。そんな話を地元のセレクトショップのオーナーと話していて、「ないのなら自分たちでやろう」と立ちあげたのが「暮らすトコロマーケット」です。2010年から構想を温めて、ようやく2015年に実現することができました。
−マーケットのコンセプトは?
岡田:
1つは「グロバリゼーションからローカリゼーション」への視点の転換です。ファーストフードにファストファッション、ファスト家具…。生産拠点をコストの掛からない海外に移して、安くて、お手軽なものが溢れた結果、産業が空洞化して日本のモノづくりは廃れてしまった。
結果、大量生産・大量消費の渦中で実際には自分たちの首を絞めているのではないかという問題意識があります。消費や日々の暮らしのあり方を見つめ直す。そんな思いを込めて「暮らすトコロ」という名前をつけました。勿論、トコロは所沢とも引っ掛けて。
−社会課題としての視点で、手作りといいますか、丁寧な暮らしにこだわってらっしゃると。
岡田:
もう1つは「埼玉都民に向けた発信」です。ベットタウンとして所沢に家を買って都内に通勤する「埼玉都民」は、ただ仕事して寝に帰って来るだけで所沢になにも期待していない人が多いと思います。航空公園でマーケットを開催することで、広い公園で過ごす時間や地元で採れた新鮮野菜が身近に手に入る、所沢の良さを見直すきっかけになればと。
−運営体制は?
岡田:
実行委員会は実行委員長の私の他に副委員長が2名、それから当日のボランティアも含めたサポートメンバーが20名ほどいます。例年、所沢市や観光協会、航空発祥記念館、西武鉄道さんに後援をいただいて、航空公園での開催が実現できています。
−今年の開催は?参加方法は?
岡田:
今年も航空公園で開催すべく関係機関と折衝をしているところです。今まで土曜日1日だけの開催でしたが、今年は土日2日間の開催にしてより多くの方々に楽しんでいただこうと思っています。
メンバー向けには「暮らすトコロミーティング」という説明会を開いて、活動を始めた想いやきっかけを共有するところから始めています。テーマや主旨を理解してもらった人たちと一緒にやりたいということで。
もちろんスタッフにならなくとも想いに共感してDMを置いて頂いたり、ポスターを貼って頂くだけでも力になります。
−ミーティングの日程が決まったら本サイトでも紹介させていただきますね。
岡田:
ありがとうございます。
真面目な理念はありますが、気負ったものでは決してありません。実行委員会は飲み会からはじまるようなもので、「これでいいのか所沢?これでいいのかものづくり?」と、問題意識を持った人たちが集まってざっくばらんに話をできる仲間づくりが裏のテーマ、いや、本来の目的なのかもしれません。「緩やかな地域コミュニティをつくるきっかけづくりとしてのマーケット」という位置付けですね。
−岡田さんは東所沢にあるここ「studio caravan」というお店を経営されています。ここはどういう場所なのでしょうか。
岡田:
鉄を使ったオーダー家具の工房です。他にヨーロッパで買付けたアンティークや雑貨も扱っていて、週末限定でオープンしています。もともとは実家の鉄工所で、その一角を改装して今のショップを始めました。
−家具も雑貨も、デザインにこだわった空間ですね。窓から入ってくる日差しもとても素敵です。ご実家が鉄工所ということですが、岡田さんも職人としてのキャリアを積んでこられたんでしょうか?
岡田:
職人の世界では、親が大工なら子も大工、職人のせがれは跡を継ぐのが普通という習わしがあります。ですが、私は後を継ごうなどという意識が全くなくて、文系の大学に進み、旅行会社に就職したんです。学生時代に世界の秘境を旅していて、単純に旅を仕事にできたらいいなと思って。
−秘境旅行ですか。。。例えばどんなところに?
岡田:
最初に行ったのは中国の雲南省ですね。省都・昆明から大理・麗江とバスに揺られて十数時間、そこはまさに異郷という世界で…。西欧文明とは違う現地の風俗習慣に出会ったことが驚きでした。量産された服は着ていなくて、髪飾りや刺繍の凝った染物を身につけている。その頃から、グローバルに平均化された暮らしではなく、土地土地の生活や文化に関心がありましたね。
−なるほど。旅行会社から開業に至るまでの経緯は?
岡田:
旅行会社を数年で辞めた後、30代半ばまで、職をいくつか経験してきました。旅行ライターをしたり、インドの食文化やアーユルヴェーダーに興味を持ってインド料理店で働いたり。最終的にはインテリアショップでの物販の仕事に落ち着きました。
店頭での販売やインテリアのご相談、コーディネイト、そんな仕事がメインでしたが、次第に「家具を作る側になりたい」と思いはじめ、休みの日には家の鉄工所で家具の試作を繰り返すという、研鑽と模索する数年が続きました。その後、2010年に鉄工所の一角を改装してオープンしたのが「studio caravan」です。
−お店のコンセプトは?
岡田:
「用の美」とでも言いましょうか。「お芸術」ではなく「実用的」なもの、日常使いできるものが一番だと思っています。「アーティスト」という訳ではないので。
−家具作りはどこかで学ばれたのですか?
岡田:
独学です。学校で学ぶという方法もあるのですが、溶接技術や、木材との組み合わせ、建築的な要素など、学ぶべきことは鉄工所の仕事そのものだったので、現場で働くのが一番の近道と考えて、あえて独学を選びました。足りないところは、大工さんや建具屋さん、建築事務所の方などの仕事を見て学ぶという日々でした。
−お店は土日に開店されていらっしゃるんですよね?
岡田:
平日は家具を製作し、週末にショップをオープンしています。時々イベントを開催したり、クラフト展などに出展したりというスタイルですね。
−お店のガレージでもマーケットを開催していると伺いました。
岡田:
「caravan market」という企画を2011年から春秋の年に2回開催しています。各地のマーケットに出店している時に、作家さんやショップ、カフェなどの方々と知り合いになって、「同じ世界観を共有している人たちと集まって何かをしたい」と思ったのがきっかけです。
このイベントのコンセプトは「コンフォートな暮らしを見つける」です。
「小さな幸せ、新たな豊かさの提案」とでも言い換えられると思います。ここでの開催経験や築いてきたクラフトやショップ関係の人脈が「暮らすトコロマーケット」にも繋がっています。
−今後「暮らすトコロマーケット」で取り組んでいきたいことは?
岡田:
「松本クラフトフェア」が開催されている長野県松本市では、「工芸の五月」という月間のイベントのようなものがあって、5月の1ヶ月間は街のあちこちでクラフトをテーマとしたマーケットや展示などが行われているんです。美術館や街中の小さな公園も会場になります。多くの来街者が全国から訪れ、経済活動に貢献することによって地元の商店主たちや行政もほおっておけないムーブメントになっています。「暮らすトコロマーケット」も、「現代版の三八の市」(注)として、そんな存在になっていけたらいいなと思います。
それから、「安松の竹細工」や「山口の所沢絣」など、絶滅危惧種の地元の工芸〈クラフト〉を現代に蘇らせる企画も始めたいですね。
−世界を旅した経験をお持ちで、都内で暮らした期間もあった岡田さんですが、地元・所沢への愛情はありますか?
岡田:
正直、あまりないんです(笑)。私には負けて帰ってきた、出戻ったという意識があって。だいたい、こういうインテリアショップがこんな人も通らない農村地帯にあるなんて、どうなんですかね? 本来はもっと賑やかなところでやるべきところを、資金がないので仕方なしに地元で始めたという訳ですから(笑)
それに、近隣の川越が古い伝統を守りながら新しい価値を生み出し、ブランディングと集客に成功しているのと比べると、古い町家や洋館を壊してタワーマンションにしてしまう所沢の精神性には率直に言って「なんだかなぁ…」というものを感じています。決して「所沢バンザイ!」というタイプではないですね。
−その感覚よくわかります。
岡田:
でも、ネガティブに地元批判をしたり嘆いていても何も始まらない。住むなら楽しいところにしたいし、楽しく仕事がしたい。いい仲間と出会えたらいいなと思うんです。
私たちは「所沢のために」と力みすぎることはしません。声高に「まちづくり」とか「町おこし」とか「地域振興」を唱えるのではなく、あくまで私たちの足元の暮らしを見つめること、そこから始めればいいかなと。自分たちなりのやり方で地域に貢献できればと思っています。
まずはやってみる。やってみたら思いを共有する仲間がひとりふたりと集まってきた…。それが今、大きな財産になっています。
【編集後記】
活力のある地域には、必ずと言っていいほど外との交流がある。それはUターン者だったり、都会から流れ着いた若者だったりする。旅をするものが旅の経験を地域へと持ち込み、新しい風を吹き込むことで街は若く健康な文化を持っていられる。
「暮らすトコロマーケット」が実現しようとしているのは、所沢という地域だけで生活していては生まれてこない価値観だ。若い頃に世界を旅したり、京都や松本のクラフトカルチャーに触れたりしてきた経験がある岡田さんだからこそ、形にできたプロジェクトではないだろうか。
首都圏郊外のベッドタウンには、過疎の中山間地や地方都市で語られる「地域」とは違う課題がある。若い人は住んでいるし人口の流入はある。だが、文化が足りない。文化は人が作る。人が面白いと思うことに人が集まり、場所となり、楽しんでやっていることがそのうちに文化と呼ばれるものになる。
新しい文化が生まれるきっかけを「暮らすトコロマーケット」は果たすのかもしれない。
(了)