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サタデーブックス発”ティーンに進めたい本10選”

毎週土曜日にだけオープンする、小さな古書店兼交流スペース「サタデーブックス」では、定期的にオンライン読書会を開催しています。2021年8月29日は「ティーンに薦めたい人生の本」というテーマで、参加者にお勧め本を持ち寄っていただき紹介をいただきました。本ページでは、当日参加できなかった方からの紹介文も合わせて掲載します。

【企画趣旨】

私(西埼玉暮らしの学校代表のオオタケ)はティーンネイジャーが多様な価値観と出会い居場所を見つける環境を作りたい、とサタデーブックスを始める前から思っていたのですが、最近ある人が「若年者福祉」(高齢者福祉ではなく!)という言葉を使っていて、なるほどなと腑落ちする思いがしました。
自分自身が中高生の頃って個性が尊重される居場所がなかったり、いい大人に巡り会う機会があまりなかったりとしたもので。
だから、ティーンの若者たちが、「好き」と出会って「好き」を伸ばせる機会、自尊感情を養う機会を作っていければと考えています。勝ち組になるために大人が仕向けるキャリア教育ではなく、個が個として認められて自由になれる環境として。
 
サタデーブックス含め民間の立場でできることは、多様な居場所のほんの一つを作ることかもしれない。けれど、いろんな立場の人がそれぞれに活動することで、総体としての若年者福祉が実現できたらいいよね、と思います。
そのための活動の、小さな一歩として、今回の読書会を企画してみました。
 

福岡翔子(帰ってきた本の虫)

『草枕』(夏目漱石)
 音楽は聴きますか。音楽は耳で聴くものと思っていませんか。目で読む音楽もあるんですよ。この『草枕』を初めて読んだ時の衝撃はよく覚えています。読めば読むほど音楽を聴いている気分になるのです。私たちは文字を読む時、無意識に音にして頭の中で読み上げていると思います。その音の切れ目が上がり下がりがこの本では音楽になっているのです。本を読んでいて音楽だなんて思ったのはこの本が初めてです。本当に衝撃を受けました。有名な冒頭の一節は聞いたことがあるかもしれません。その後もまた面白いです。夏目漱石と聞くともしかしたら難しそうと思うかもしれませんが漢字や言い回しが耳慣れないものが多いだけです。最初は取っ付きにくいかもしれませんが慣れたらとても読むのが楽しくなります。電子書籍で読むと端末によってはさわると語句の解説が出てくるので読みやすいと思います。この本の音楽性をぜひ10代の時に体感してもらいたいです。

『ロリータ』(ウラジーミル・ナボコフ)
 最近はロリータという言葉をよく聞くと思います。ゴスロリとかロリコンとか言いますね。そのロリータ・コンプレックスの元になった本を読んでみませんか。他人の日記を読むような、人の心をのぞくような、行っては行けないと言われた場所に足を踏み入れるような、この本を読んでいるとそんな気分になります。見てはいけないものを見てしまった気分です。でも主人公の趣味嗜好はこの本にとっておまけの存在のような気がします。それよりもとても文章が美しいです。それは翻訳がすばらしいということなのかもしれませんが元々そういう文章なのだと思います。読んでいてとても心地よくなります。その内容は読んでいて色々な感情を呼び起こします。怖いような嫌なようなでもどこか羨ましいような妬むような不思議な気持ちです。10代の頃にこの本を読んでいたらどんな気持ちになるのかとても気になります。何も感じず受け入れるか違和感があるのか知りたいです。

『一握の砂』(石川啄木)
 いちあくのすなと読みます。私は最初見た時は読み方がわかりませんでした。三行書きの短歌集です。生活に根差した日常感のある歌の数々は私の中の歌集のイメージを変えました。詩や短歌を私はもっと若い頃に読みたかったと思います。今よりももっと感性が柔軟でみずみずしかった時に読んだら今とはまた違った感想を持つと思います。10代の頃はわからなかったのですが年を重ねるにつれて見えない外壁のようなものが自分と周りの間にできて自分を守るようになります。それは生きる上で必要なものなのですが壁なので本を読んでも心になかなか響かなくなることがあります。10代の頃はその壁がないかあっても薄いのです。その時にこの『一握の砂』を読んだらもっと直接心に響いてきただろうと思います。時間を巻き戻すことはできないので今の私の感性でこの歌集を読むことしかできないのですが、10代の時に読んだらどんな気持ちになったのか気になります。

オオタケ ユウスケ(サタデーブックス)

『新装版 ほぼ日の就職論「はたらきたい。」』 (ほぼ日ブックス, 2010)
「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載された就職活動についての記事をもとに構成された書籍。糸井重里(往年のコピーライター/現在は株式会社ほぼ日の社長)とゲストとの対談がメインコンテンツで、「はたらく」ことについてのさまざまな人物の金言が収められている。
10代の頃こそ人生設計を計画的にしているタイプの人間だった私ですが、就活でようやく「頑張ったところで望みは叶わないこともある」ことを知りました。そんな時に、「人生何が起こるかわからないから面白い、だから柔軟に朗らかに生きよう」ということを教えてくれたのが、この本です。
主には就職活動を控えた大学生に効く本だと思いますが、「自分の大切にしていることってなに?」という問いの意識は、もっと若い時から持って学生生活を送っても良いのではないかと思います。

『モモ』(ミヒャエル・エンデ, 岩波少年文庫,2005)
南ドイツ出身の児童文学作家、ミヒャエル・エンデの代表作。少女モモと人々から時間を奪う「灰色の男たち」との戦いを描くストーリー。資本主義社会への批判がこもった寓話的な作品。
大学時代のゼミの先生がこの本のことをよく話題に上げていて、存在は知っていたけれど、読んだのは社会人になってから。経済や対人関係のあり方について考えていた時期にふと思い出して読んでみた本です。システムに人間が隷属し、物質的には豊かになっても心は貧しくなっていく様が、リアルに感じられました。
効率性だとか、「利益になるかならないか」みたいな判断軸で、対人関係を捉えてしまいがちだったのが、10代後半から20歳くらいまでの自分でした。「受験」の影響も多分にあり。その時の自分に勧めたい。一人一人とちゃんと向き合って思いやりと愛を送り合うことは、お題目ではなく重要なことだと伝えたいです。

『ぼくのニセモノをつくるには』(ヨシタケ シンスケ, 2014)
大ヒット『りんごかもしれない』に続く、ヨシタケシンスケ発想絵本第2弾。主人公の少年が、自分そっくりのロボットをつくり、自分の情報をインプットさせるために自分のことをあれこれと掘り下げる。
6〜7年前に知人に勧められて読んだ絵本です(その時も好きな本をシェアするような会でした)。絵本とはいえ、内容は割と大人を意識しているのかも。自分の存在って人とは違う。それを認めることで自己肯定感情が育つし、自己肯定できる人は他者をも肯定できる。承認欲求が強い人が手にすれば、肩の荷が降りると思います。

高橋真理奈(シン設計室 / シン図書館)

『下流志向 学ばない子供たち働かない若者たち』(内田樹)
この本は私が大学の先生から紹介された本です。当時初めて内田樹さんの本を読みましたが、この本からとても影響を受け、今でも影響を受け続けています。
私は、この本で「学び」とは何かということを教えてもらいました。私がこの本から教えてもらった学びとは、「それを学んで、自分にどう役に立つかはわからないけれど、無性にやってみたくなるもの」「自分が今もつ度量衡では計り知れないもの」だということです。
学びというのは本来、学ぶ以前では想像だにしない地点にたどり着くダイナミズムがあります。
この本では、そうした学びの本質を阻害するものとして、消費者としての振る舞いが紹介されています。消費者として振る舞う子供は、結果として学ばない子供として振る舞うことになります。
消費者は「あたかも自分が買う商品の価値を熟知しているかのように振る舞う」と、この本は指摘しています。現代では家庭内労働が減り、今の子供は労働者的体験よりも先に消費者的体験をします。そのせいで、その消費者的価値観を教育の現場にも持ち込み、授業中ずっと座っているという「苦役」が「貨幣」の代わりとなり、その「苦役=貨幣」に見合う対価を、この授業から得ることができるのかという問いを子供たちは立てます。
そして、「この授業は何の意味があるのですか?」という大人への問いが、クリティカルな質問だと思い込んでしまうのです。学ばない子供たちの学力低下は、消費者的振る舞いによる「努力の成果」の帰結だと、内田さんは説明します。
「なんで学ぶ必要があるのだろう」、「これを学んでみたいのに大人から反対される」という悩みや疑問を持っていたら、ぜひ読んで欲しい一冊です。

『存在しない女たち 男性優位の世界に潜む見せかけのファクトを暴く』(キャロライン・クリアド=ペレス)
この本はイギリスで出版され、去年日本で翻訳版が出版されました。私は今年になって読みましたが、今年一番衝撃を受けた本です。
生物学上、女性は世界の人口の半数を占めているはずなのに、なぜかその半数の女性は「存在しないもの」として扱われているのではないかということを、あらゆる研究データから次々と指摘する本です。
例えば、この本の最初に紹介される除雪作業があります。ここでは、日常の移動パターンが男性と女性で複雑さが全く異なることが紹介されています。男性は朝と夕の出勤だけで、非常に単純な移動パターンです。
世界における無償のケア労働の75%は女性が担っており、スーパーへの買い出し、子供の送り迎え、通勤など、女性の移動パターンは非常に複雑になります。そのせいで徒歩や自転車などを使うのは圧倒的に女性が多いそうです。
除雪作業は当たり前のように線路や車が通る車道が優先的に除雪され、歩道は後回しになります。歩道が後回しになることで、凍結による転倒事故の負傷者は女性が大多数であることがわかりました。
他の章では、音楽楽団に所属する団員の数が男性が多く、それは男性の方が優秀な演者が多いと思われていましたが、男性か女性か分からないように入団テストを行ったところ、女性の方が結果的に多くなったことが紹介されています。
このように、「公平」に扱われていると思っていたことが、当然のように男性ばかりが優位に扱われていることを次々とあばきだす本となっています。
記憶に新しいことだと、日本では2018年に医学部不正入試問題がありました。受験という誰もが平等に点をつけられると思っていたものでさえ、女性は一律で減点されていました。また女性のみならず、浪人生についても減点対象となっていました。
10代の若者に対しては厳しい指摘になりますが、世の中は平等・公平にはできていないということがデフォルトだと認識した方ががいいと思います。
むしろ「世の中は不平等である」という認識があるからこそ、「存在しない」ものとして扱われる人々に目を向けることができると思います。少しでも多くの人が生きやすい世の中になるためにも、まずは厳しい現実を知るために読んで欲しい一冊です。

『ペスト』(アルベール・カミュ)
カミュの有名な小説で、私がとても好きな小説です。コロナ禍になったことで、読んだ方も多いかもしれませんが、コロナ禍でなくても、おそらく私は読んでほしい小説として紹介していたと思います。
この本はオランという港町にペストが蔓延し、感染が広がらないために町が封鎖され、その中でどんどん人々がペストに感染して死んでいき、また残った人がどうペストに向き合っていくかが描かれています。
コロナ禍の現在の状況と非常に似ています。しかし、おそらくカミュにとっては、あくまで「ペスト」はメタファーであり、どうにもならならい困難に対して、人々がどう向き合っていくのかを小説にしたかったのではないだろうかと思います。
「ペスト」には様々な人物が登場します。医師のリウー、新聞記者のランベール、旅行者のタルー、密売人のコタール、下級役人のグラン、こうした様々な登場人物の群像劇として小説のペストは描かれています。小説のペストには、ペストに打ち勝つ鍵となるわかりやすいヒーローはでてきません。
ペストにでてくる登場人物の中で、私の好きな登場人物のグランを紹介したいと思います。グランは役所勤めのかたわら、小説を書いています。しかし、グランはその冒頭の一文を繰り返し書き直すことを続ける生活を送っていました。グランはペストがやってくる前は、いわゆる冴えない人物だったといえます。
しかし、ペストが街に蔓延すると、グランは今の日本でいう保健所のような機能をもつ保健隊の事務の要を担うようになります。グランはただ今自分ができることをするということで、オランにとっては欠かせない人物となります。
グランに限らず、ペストの小説では登場人物それぞれが今自分にできることをします。コロナにしても、ペストにしても、例えば東日本大震災のような大きな災害にしても、人が生きている内には、一人ではどうにもならない困難に直面します。
そうしたどうにもならない困難に立ち向かう方法は毎回同じで、それは「今自分にできることをする」ということなのだと、この小説を通して教えてもらいました。
あらゆる世代の方にお薦めしたい一冊です。

西村拓也(ゲストハウス「chabudai」)

『アルケミスト』(パウロ・コエーリョ)
多分、初めて読んだのは中学3年の時。高校受験の面接の時に、この本の話をした記憶があります。もしかしたら大学受験かも。
自分の周りには本当に様々な選択肢が転がっている。選択肢に気づけるのか、なにが一番いいのか、今考えることなのか。色々なことが、なかなかわからないことが多い。
その中で自分の感覚を自覚すること、信じること、日々、目の前にある現実を大切にすること、日常がワクワクすることの連続だということ。
羊飼いの少年の旅を通じて、そんなことを教えてくれる本だと思います。
何かに気づくたびに日常は変わる。
それは未来を少しずつ素晴らしいものに変えることだと思います。
その積み重ねを楽しんでいきましょう。

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