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川越に人の集まる場をつくる
ゲストハウス「chabudai」共同代表・西村拓也さん

江戸時代から続く城下町として、多くの観光客を集める街・川越。ここ数年でリノベーションまちづくりが始まったり、個人経営のクラフト系ショップが増えたりするなど、なにやら新しい動きが起こっている。
そんな川越の今をつくる人たちとの接点が作れないかと考えている時に出会ったのが、今回紹介する西村拓也さんだ。2018年10月に蔵造りの古い商家をリノベーションしてゲストハウス「chabudai」(ちゃぶだい)をプレオープンした西村さん。友人や街の人たちが力を合わせてリノベーションに取り組んだことで、開業前からコミュニティが生まれ、みんなの場所としてのゲストハウスが育とうとしている。「共につくり、共によろこぶ」、平成が終わろうとしているこの時代の価値観を象徴する場所だ。
西村さんは、なぜ、どういう思いで「chabudai」を立ち上げたのか。本オープンを間近に控えた「chabudai」を訪ね、話を聞いた。

外観

蔵造りの肥料店をリノベーションした「chabudai」

 

「繋がる・楽しむ・広がる」をコンセプトにしたゲスト

−まず、「chabudai」のコンセプトについて伺えますか?

西村:
「繋がる・楽しむ・広がる」がコンセプトです。小さな意味でいうと、まずはラウンジに置いているちゃぶ台を囲んで、宿泊している人同士が繋がること。そして宿泊してる方だけでなく、併設するカフェバーを訪れる地元の人や、日帰り観光でふらっと立ち寄る人たちとも繋がる場所です。ここを訪れた人同士で「一緒にどこかへ行こう」「次はこれをやろうよ」と新しい人の輪ができる場所を目指しています。

−知らない人同士が交流できるゲストハウスならではの魅力ですね。

西村:
大きな意味では、川越という街の中でのちゃぶ台でありたい。街に来た人が「chabudai」を入り口にして、街のお風呂として銭湯に行ったり、夜のダイニングとして「すずのや」(古い長屋をリノベーションして生まれた料理店)に行ったり、語らいの縁側として氷川神社に行ったりする。そんな、街への繋がりを生む場所でありたいと思っています。

chabudaiでの交流

居合わせた人同士の偶然の出会いから交流が始まる

−「chabudai」のオススメの楽しみ方は?

西村:
まず、築100年の古民家での滞在を楽しめるとことです。みんなでリノベーションしたストーリーの中に身を置くのも価値だと思います。それから、川越の朝と夜を独り占めするのもいいですよ。観光客がいない夕暮れの一番街や朝の氷川神社はオススメです。

−ゲストハウスだからこそ、観光マップには載っていないスポットも紹介できるかと思います。

西村:
面白い人や、その人のお店に繋げられるのも価値だと思います。紹介するスタッフによって案内するポイントが違うのも楽しんでもらえたらいいですね。

−そもそも、ゲストハウスを作ろうと思った理由は?

西村:
いろんな人が出会う場所を自分の手で作りたいと思っていて、ゲストハウスの規模感がちょうどよかったんです。一軒家型のゲストハウスってベッド数が10床〜20床くらい。このくらいの規模だと泊まっている人の顔と名前が一致してどんな人か知れるし、宿泊者同士を繋げることができるんです。
地域の人も旅の人も、あらゆる人たちが集うことができて、それでいて自分の手のひらに収まるサイズ、それがゲストハウスだったんです。

ドミトリー

2段ベッドが並ぶドミトリー式の部屋。他に個室もある。

大手通信会社を脱サラして始めた場所作り

−人が出会って交流する場所を作りたくて独立をしたのですか?

西村:
そうですね。経歴を遡ってお話ししましょうか。
僕は川越の隣の狭山市が地元ですが、親が転勤族だったので狭山に来たのは小学3年生の頃です。それまでは、岡山・東京・静岡と住んでいましたね。いろいろな人と出会ってみんなで遊んだりするのが好きな子どもでした。
高校はここから歩いて数分のところにある県立川越高校で、当時から人と人とのつながりをつくることに関心があったので、慶應義塾大学に進学して都市社会学とメディアコミュニケーションを専攻しました。卒業後はソフトバンクに入社しました。

−なんでまたソフトバンクに?

西村:
「公園を作りたい」という理由でした。目に見えないインフラを作る企業だけど、これからはリアルな場所を作っていくこともできるんじゃないかと。
社会人になってからは、会社の仕事だけでなく、レストランの学校やデザインの学校へ通ったり、バックパックで旅行したりしていましたね。「汐留大学」を立ち上げたり、「丸の内朝大学」「自由大学」といった社会人のコミュニティにも参加して出会いの面白さを改めて知りましたし、能登半島の輪島へのツアーを企画して地域と関わることも面白いと感じていました。会社は会社で一生懸命働いていたので、日々忙しく飛び回っている状態でしたね。

バーカウンター

バーカウンター

−旅をした経験や地域に関わった経験が、ゲストハウスへとつながっている?

西村:
そうですね。ゲストハウスへの直接の興味は、就職して7〜8年経った頃でしょうか。当時は目黒区不動前に住んでいたのですが、住む環境を変えようと思って引っ越し先を探したんです。ただ、なかなかいい場所が見つからなくて・・・部屋の更新はしなかったので住所不定職ありの状態になったんです(笑)
当時、東京にも「Nui.」や「toco.」といったゲストハウスができた頃で、せっかくだからそういう所に泊まってみようと思って、2週間ずつ5~6軒のゲストハウスに泊まって生活しました。それがすごく面白くて。

−ゲストハウスの良さってどんなところでしょうか?

西村:
ひとつ目は、「普段絶対に会えない人に会える」こと。すると、自分の生き方も客観的に見えて、考えるきっかけになります。二つ目は、「肩書きが必要ない」こと。ゲストハウスでコミュニケーションをとるのに、会社の肩書きとか社会的な地位とかは必要なくて、自分のやりたいことや素の姿を、色眼鏡なしに聞いてくれる文化があります。三つ目は「出入り自由」なこと。話の輪の中にいてもいいし、ベッドルームで一人になってもいいし、街に出てもいい。その時その時の自分の状況に合わせて人との距離を保てるのが良いところです。まだまだあるけど・・・。

−なるほど。一人で来ている人が多いし、肩書きのないコミュニケーションをとれる人が集まる場所という、明示的でなくても場所のルールみたいなものがありますよね。

西村:
ゲストハウス暮らしは3〜4ヶ月続けて、そのあとはシェアハウスに2年間住んだのですが、当時からゲストハウスを作ろうと思って物件探しなどをしていました。
東京で「古くて・小さくて・安い」物件ってそうそう出てこないので、形にはならなかったですが、そうやって動いていく中でいろんな人との繋がりもできてきたので、とりあえず会社は辞めて時間を作ろうかなと思って独立したんです。

−フットワークが軽いですね(笑)

西村:
まだ物件も決まっていないのに(笑)。東京で物件探しながら、地方で地域コーディネーターの仕事をすればいいと思っていました。アメリカのポートランドに視察旅行に行った際に、ローカルな起業家のライフスタイルに影響を受けたところもありますね。

ロビー

ロビーでは、オリジナルグッズの販売も行なっている。

歴史やストーリーが生まれて地域は地域になる。

−東京で開業を目指していたのが、川越にやってきた経緯は?

西村:
会社を辞めたのが2016年12月末。10月が最終出社日でした。ちょうどそのタイミングに、川越市主催で「まちづくりキャンプ」というイベントがあって参加したんです。川越の空き物件に新しい事業をプランニングして、街全体のリノベーションを図る企画でした。「chabudai」はその時に提案した事業プランが元になっていて、まちづくりキャンプに参加していた仲間と一緒に開業までこぎつけました。

−大人になって見る川越の街、西村さんの目にはどのように映りましたか?

西村:
知らない面白いスポットがたくさんあることへの驚きとワクワク感ですね。高校時代は、中・高年の観光客が来る街というイメージでした。喜多院とか氷川神社とか、歴史や古いものに興味のある人たち向けの観光地といった感じ。今は老若男女が楽しめる、素敵な人がたくさんいる街です。関わるようになってイメージが変わった2年間でした。
川越で活動する魅力的な人たちと出会いたくて、2018年2月から「蔵端カイギ」というピッチ&交流イベントも始めました。

books

古い電話ボックスを利用した蔵書スペース。川越やコミュニティ関連の書籍が並ぶ。

−川越に限らずご自身の出身地の狭山を含む西埼玉エリアって、どんな地域だと思いますか?

西村:
それは最近よく考えることですね。小学生の頃、来た頃には「ザ・ベッドタウン」でしたが、今は様子が違ってきているように思うんです。高齢化で人が少なくなって小学校の統廃合も進んでいますし、ベットタウンとして誕生して、やっといま地域らしくなってきたのかなと。

−「地域らしさ」というと?

西村:
言い換えると、東京の衛星ではなくなってきたということでしょうか。埼玉というアイデンティティよりもベットタウンというアイデンティティが優先される時代から、それぞれの地元に対するアイデンティティが優先される時代に変わってきている、ということです。
僕は狭山台の出身ですが、狭山台団地という大きな団地があります。団地住民も他所の地域から流入してきて、40年経って土着化している。歴史やストーリーが地域に生まれてきているんです。それがもともとの土地の人と混じり合って、地域として盛り上がってきていると思います。この地域に対する思い入れ、愛情、繋がりを意識する人が増えているのではないでしょうか。

−西村さんご自身も、地域に対してアイデンティを感じていらっしゃるのでしょうか?

西村:
思い入れがあったと気がついた2年間でしたね。

−この地域の今後のビジョンをどのように描いていらっしゃいますか?

西村:
まずは、住民として地域のつながりの中で面白いことができること。「楽しむ」ことが何よりも重要なことです。
もう一つは、都内の人や埼玉の別の地域の人から見て、「あそこにいけば何かある」と思ってもらえるコンテンツが生まれること。それは川越だけでなく西埼玉という地域として。ですから、西埼玉の町々にいるプレーヤーが繋がりあって、増えていけば面白いですね。

−西村さんとしての今後は?

西村:
「chabudai」を軸にしながら、いろんなところに顔を出して新しい繋がりを作っていきたいですね。今は現場にいますが、外でも「chabudai」を発信できるようになりたい。とはいえ、未来はまだわからないです(笑)。
「chabudai」としては、マルシェやクラフトマーケット、映画上映会、居酒屋ツアーなど魅力的な企画を仕掛けていきます。年中楽しい状態を作ることが目標です。皆さんにも参加してもらえたら嬉しいですね。

beer

 


【編集後記】
「にっしー」という愛称で親しみを持って呼ばれる西村さん。話してみての印象は「エリート」。県立トップ校・慶応・大手企業という経歴を知らなかったとしても、話せば「考えるタイプの人」だということがわかると思う。こちらの話したことをサッと理解して次を考えて即座に打ち返してくれるような、頭の回転の早い人だ。この手の人は、西埼玉では(あまり)出会わない。
東日本大震災以降、東京や世界で経験を積んだUターン者が、地域を面白く変化させている事例をいろいろなところで見る。そんな人の流れが、西埼玉でも生まれるかもしれない。西村さんはその嚆矢なのではないかと私は思う。「chabudai」は川越の玄関だが、西村さんもまた、新たな人の流れを地域に呼び込む存在だ。

(了)

 

西村拓也(にしむら・たくや)


埼玉県狭山市出身。大学卒業後、大手通信会社に勤務したのち、ゲストハウス開業を志し2016年に独立。現在は川越市三久保町のゲストハウス「chabudai」の共同代表として運営に携わるほか、軽トラックの荷台の上に小屋と大きなテーブルを載せたシェアトラック「ポイトラ」や、旅人が旅から得た学びを共有するメディア「アイテナリー」など、様々なプロジェクトに携わる。
公式Facebook

 

 

ライター・大竹 悠介 (おおたけ・ゆうすけ)

「西埼玉暮らしの学校」代表。埼玉県所沢市出身。埼玉県立川越高校卒業。大学院でローカルジャーナリズムの研究をしたのち、広告代理店や映画祭運営会社などで勤務。2018年1月、フリーランスの立場で「西埼玉」のローカルメディア兼学びの場をはじめる。マイテーマは「人を手段化しない経済」。好きな場所は多摩湖の堤防。

 

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